表現することって、素晴しいって、本気で思っています。
自己を表現し、他者との交わり、そこには感情の交換が
生まれます。
これを真摯に繰り返していけば、どこかで、感動が生ま
れます。
生まれた感動は、その時は、偶然の産物なのかもしれま
せん。
でも、恐らく必然的に生まれたものなのだとも思います。
日本舞踊は、私にとって、この体験を、自分の方から積
極的に作り出していく手段です。
自己を表現し、メッセージを伝え、観客との感情の交換
の上に、協同作業の結果として、感動を創り出す。
これを実感できたとき、・・・もう病みつきです。
メッセージが伝わって、感動という結果が創造される瞬
間は、本当に素晴しいものです。
・・・ちょっと、堅苦しく申し上げてしまいました。
でも、日常で自己を表現する積極的な機会を意識するこ
とって、なかなか難しいと思うんです。
日本舞踊を長年やってきているのに、私にとっても、日
常生活は、全く勝手が違うものだからです。
もちろん、日常の生活の中が、感動で満たされていると
したら、それは、本当に素晴しいことです。
もしそうならば、やがて来る死の瞬間、満面の笑みで
「ありがとうっ!」
と言って、明るくさよならできる、素晴しい一生を送る
ことができるような気がします。
でも、正直難しいですよね〜。日常を感動で満たすこと
って。
そうするためのヒントさえ見出しあぐねてしまいます。
私にとって、そんな時、日本舞踊は最高の手段になりま
す。
普段、気難しい上司や取引先にはオープンにできない!?
自分の中の、色々な感情を、日本舞踊という表現の場を
借りて、再現しながら、表現していけるからです。
喜・怒・哀・楽、色々なたくさんの感情です。
一体日本舞踊の起源は、どこにあるのか、学者でない私
には良く分かりません。
でも、人間と言う種は、根本的には何十世紀も前から、
あまり変わってないはずです。
そういう意味で、日本舞踊には、人間が持っているあら
ゆる感情を表現し伝えていく、たくさんの技・要素をそ
の中に内包しています。
日本舞踊が持っている多くの感情表現という手段を、自
らの精進の中で自己表現として磨き上げる。
そして、自分なりに磨き上げた自己表現を、多くの観客
の皆様と共有しながら、上手くいけば感動という最高の
贈り物をいただける。
日本舞踊家にとって、最高の瞬間なのではないでしょう
か。
今日もそんなことを考えながら、サラリーマンしていま
した。
・・・やっぱりサラリーマン、密かに失格ですかね〜。
(苦笑)