2005年11月08日

日本舞踊って?

日本舞踊って、一体どんなものなのか?

私も、専門に勉強したわけではありませんので、
歴史的・学問的に正しい正確なことまでは、
分かりませんが、分かる範囲で申し上げます。


昔むかし、歴史の教科書で「出雲の阿国」って
いう名前を見た覚えはありませんか?

この御方が、日本舞踊のはじまりに関係しています。

・・・というか、この御方が、江戸時代初期に創始
した、「歌舞伎踊り」が、日本舞踊のはじまりと、
言われています。

日本舞踊は、そのはじまりから見ると、何と、
400年以上の歴史があることになります。

今になって、こんな歴史の知識が、自分の趣味に
関係してくるなんて・・・

「あ〜、もっと学生時代に勉強しておけばよかった」
って思います。

  
Posted by mailabo at 23:13Comments(2)TrackBack(0)日本舞踊って!?

2005年10月21日

厳選リンク集

  
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2005年10月03日

何を見つめたら・・・

自分では、どうにもならない事がある。

自分の力では、どうにも動かせない事がある。

自分の側からの働きかけで、動かすことが出来ないことがある。


僕のメンターは、こう言ってくれた。

「源は我にあり。」

あまりに周りの事ばかり嘆いている私に対して、

「すべての事象を、見つめなおしてみてください。
 ”源は我にあり”の視点で。」

自分以外の原因で起こる事柄に対して、
まるで非力を嘆くだけの私には、とてもつらいことだった。

・・・今でも、その答えは分からない。


でも、その言葉は、なぜかとても心に残っている。

「源は我にあり。」

じっくりと、ゆっくりと、かみ締めながら、
しっかりと、理解していきたい。  
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2005年09月07日

一点突破

14歳くらいのことでした。

当時私は、中学生で、吹奏楽部(ブラスバンド部)に
所属していました。

楽器はトランペット。


管楽器アンサンブルコンクールを目指して、
メンバー4人と練習をしていました。
(アンサンブルは、少人数編成のことです。)

トランペットは、指揮者のいない少人数編成では、
楽器を上下に振りながら、指揮者の役割を兼ねます。



・・・今でも分かりません。何故だったか分かりません。

先生に指摘された部分を、その日だけは、とても気にな
っていて、一生懸命に練習したくなりました。

私は、その16小節ほどの短いフレーズを練習するため、
トランペットを上下に振りながら、演奏開始の合図を
送りました。

合わせて5人の小さな楽団は、いっせいに楽器をかき鳴
らし、16小節を演奏し始めました。

やりおえると、私は何も言わず、もう一度トランペット
を縦に振り、また16小節がはじまります。

そのようにして、何度も、何度も・・・。

いい加減、メンバー達もウンザリしているのは、分かっ
ていました。

でも何も言いませんでした。

私の合図に合わせて、練習してくれました。

奇跡的な時間でした。

どのくらいやったでしょうか・・・。
今となっては、1時間だったのか2時間だったのか、
はっきりと覚えていません。

ただ、それまでの練習とは違い、短い16小節に絞って、
集中的に練習しました。
時が過ぎるのも忘れるくらい・・・。

体力の限界かって私が感じ始めた頃、見計らったように
同級生の女の子のメンバーが、
「ねえ、いつまでやるの?」

それで、目が覚めました。
そうです。まるで、白昼夢を見ていたかのような
気分でした。


その日の練習は、それで終わり。



驚きの事件は、翌日でした。

昨日のことはすっかり忘れて、またいつものように、
適当に、まずはウォーミングアップを兼ねた通し練習か
らやろう、ってことになり、私はまた、トランペットを
上下に振り、練習を始めました。


そうしたら、・・・オッタまげましたっ!
最初の一音から、曲の最後までにわたって、
まるで昨日までの5人じゃありませんでした。

別人のグループに変わちゃったかも・・・っていう
くらい、息があった演奏に生まれ変わり、軽い気持ちの
ウォーミングアップのつもりが、昨日までと比べて、
数段レベルアップした自分たちがいました。
昨日、たまたま、たった16小節を、徹底的に練習
しただけ。
それだけで、まるで世界が違ってしまいました。

メンバー全員が、同じように感じたようです。
ことばにできない感覚で、みな目を合わせ、微笑みあい
ました。これまでにない達成感を味わっていました。



今日仕事中、突然この体験を思い出しました。

忘れていましたが、でもこの体験は、その後の私の
日本舞踊のお稽古に大きな影響を与えていたことに、
気がつきました。

不得意でないところなら、どんな箇所でもいい。
そこを徹底的にお稽古してみるだけで、その一曲の
すべてが、レベルアップできる。
あれもこれも、やらなきゃいけない・・・、って
パニックになったり落ち込んだりするよりも前に、
一箇所だけ、徹底的にお稽古する。

そうすると、一点突破が図れます。

一箇所に自信が出来ただけで、全体が知らぬ間に
レベルアップできるのです。

特に意識をしていなくても、私はそのようにして、
精進を重ねてきました。

そんな自分に気がつきました。


この【一点突破】っていう考え方って、色々応用が
効きそうです。


早速、明日から、最近仕事(営業、サラリーマン)で、
あれもこれもと手を広げすぎて、あっぷあっぷ気味にな
っている自分に、応用してみようっと♪
  
Posted by mailabo at 19:37Comments(1)TrackBack(0)

2005年09月06日

多面体

人間は多面体なのだと思います。

良い面・悪い面というだけじゃなく、

□あたたかい・冷たい
□明るい・暗い
□外見どおり・外見と似合わない
□社会人としての性格・家庭人としての性格
・・・などなど。

いろいろな側面を持っているものだと思います。


日本舞踊家にとって、そのすべてが表現の対象になりま
す。

もっと正確に言えば、日常に発生しているたくさんの感
情を再現することで、表現手段を手に入れている、と言
えるのかもしれません。


私が日本舞踊をする時、その舞踊のテーマによって、い
ろいろな自分を思い出しています。

□いじめられっ子だった頃の自分
□自律神経失調症になりかけて、苦しかった頃の自分
□モテなくて悔しくて、「今に見てろ!」なんて、ツッ
 パッテた頃の自分
□恋愛に夢中だった頃の自分
□自分の力不足を実感して、猛烈に悔しい思いをしてい
 た頃の自分
・・・などなど。

幼き頃から今まで、味わってきたたくさんの感情を、味
わいなおします。


そうすると不思議と、その舞踊の中で表現されている感
情と、とてもシンクロする自分を、新たに発見したりす
ることがあります。


そのきっかけを掴んだら、舞踊の中で、掴み取ったシン
クロする自分の感情の再現を試み、何度でも再現できる
ように精進します。


日本舞踊って、きらびやかで自分とは全然関係ないこと
を表現するかのように思われることがあるかもしれませ
ん。

でも本当は、それぞれの人の過去から現在までにわたる
感情との関わりによって、その輝きを増すものだと思う
のです。


人間は多面体なのですから、すべての人が持っているた
くさんの面を、思いっきり表現できる場としての日本舞
踊を、人生の糧とするのも、いいものではないでしょう
か。  
Posted by mailabo at 23:16Comments(0)TrackBack(0)

表現すること

表現することって、素晴しいって、本気で思っています。

自己を表現し、他者との交わり、そこには感情の交換が
生まれます。

これを真摯に繰り返していけば、どこかで、感動が生ま
れます。

生まれた感動は、その時は、偶然の産物なのかもしれま
せん。


でも、恐らく必然的に生まれたものなのだとも思います。


日本舞踊は、私にとって、この体験を、自分の方から積
極的に作り出していく手段です。


自己を表現し、メッセージを伝え、観客との感情の交換
の上に、協同作業の結果として、感動を創り出す。

これを実感できたとき、・・・もう病みつきです。

メッセージが伝わって、感動という結果が創造される瞬
間は、本当に素晴しいものです。


・・・ちょっと、堅苦しく申し上げてしまいました。

でも、日常で自己を表現する積極的な機会を意識するこ
とって、なかなか難しいと思うんです。

日本舞踊を長年やってきているのに、私にとっても、日
常生活は、全く勝手が違うものだからです。


もちろん、日常の生活の中が、感動で満たされていると
したら、それは、本当に素晴しいことです。

もしそうならば、やがて来る死の瞬間、満面の笑みで
「ありがとうっ!」
と言って、明るくさよならできる、素晴しい一生を送る
ことができるような気がします。


でも、正直難しいですよね〜。日常を感動で満たすこと
って。
そうするためのヒントさえ見出しあぐねてしまいます。


私にとって、そんな時、日本舞踊は最高の手段になりま
す。

普段、気難しい上司や取引先にはオープンにできない!?
自分の中の、色々な感情を、日本舞踊という表現の場を
借りて、再現しながら、表現していけるからです。

喜・怒・哀・楽、色々なたくさんの感情です。


一体日本舞踊の起源は、どこにあるのか、学者でない私
には良く分かりません。

でも、人間と言う種は、根本的には何十世紀も前から、
あまり変わってないはずです。

そういう意味で、日本舞踊には、人間が持っているあら
ゆる感情を表現し伝えていく、たくさんの技・要素をそ
の中に内包しています。


日本舞踊が持っている多くの感情表現という手段を、自
らの精進の中で自己表現として磨き上げる。

そして、自分なりに磨き上げた自己表現を、多くの観客
の皆様と共有しながら、上手くいけば感動という最高の
贈り物をいただける。


日本舞踊家にとって、最高の瞬間なのではないでしょう
か。



今日もそんなことを考えながら、サラリーマンしていま
した。


・・・やっぱりサラリーマン、密かに失格ですかね〜。
(苦笑)  
Posted by mailabo at 22:55Comments(0)TrackBack(0)

2005年09月05日

師匠のことば【天狗になるな!】

師匠に日本舞踊を習い始めてから、何度も言われてきたこと
ばです。

「天狗になるな!」
「上には上がいる、と常に自覚しなさい。」

このことばがあったおかげで、何度のスランプを切り抜けら
れてきたことだろう。

時に湧き上がってくる慢心って奴は、本当に情け容赦ない。

攻撃の手を緩めない。

ほんの少し、他人様に褒められてみたりすると、すぐに増殖
を繰り返し、巨大な力になって、私を包み込んでしまう。

・・・って、私、とってもおだてられやすい、お調子モノっ
てだけなんですけどね・・・(汗)


でも今思い返しても、いろんなことが上手くいかないとき、
この「天狗」っていう慢心が、心を蝕んでいるケースって、
驚くほど多い気がしています。


■ビジネス上のいさかい
■友達との人間関係
■家庭内の会話

・・・などなど。


自分を意味無く卑下していくことも、自分の精神を傷つけて
いくだけで良くないとは思いますが、その逆の自分に対する
「慢心」という魔物も、扱いづらいですね。


例えば、普段サラリーマンとして仕事をしていても、
・自分の方が、その仕事に習熟しているはず。
・自分の方が、その仕事をもっと上手くやり遂げられるはず。

と思って事にあたっていると、常にそれは、他人に対する比
較優位で自分を”上”に位置づけていますから、他人を見下
してしまう態度が、どうしても相手にも伝わってしまいます。

・・・結果は明白ですね。ビジネス上の人間関係であるとは
いえ、相手との人間関係は、
・相手と比較して、自分の方が上。
・自分の言うことの方が、正しいに違いない。
という傲慢な態度が災いして、間違いなく上手くいかなくな
ってしまいます。

そして、仕事の結果も惨憺たるものになってしまうかもしれ
ません。


一見言い古されたことばではあるのかもしれませんが、人間
関係において、これほど役に立つことばは、無いのかもしれ
ません。

「天狗になるな!」
「上には上がいると、常に自覚しなさい!」

・・・っはいっ!師匠!
心に刻みます!  
Posted by mailabo at 23:42Comments(0)TrackBack(0)感動劇場

【今に集中する】の効用

観客の皆様に、ひと手先を見越されてしまうだけで、

舞踊家はその価値を半減させてしまうのかもしれません。


ひと手先とは、

次のストーリー展開を意味していますので、
だれも先の分かっている映画を見たいと思いませんよね。


何度見てもいい!という名作であって、それを何度も見ている人
でも、その先のストーリーを、ひとつひとつ頭の中で先回りしな
がら見ている、
ということは、ないのではないでしょうか。

もし、そうだとしたら、見ているだけで疲れてしまうのではない
でしょうか。


逆に言うと、何度も見てしまうような名作映画を繰り返してみる
とき、その名作映画は、たとえ何度見ても、その次のストーリー
を考えさせることなく、今のシーンに見ている人を釘付けにする
力があるからこそ、名作と呼ばれるようになった、と言える様な
気がします。

言い換えれば、演技者や演出者が【今に集中している】と言える
のではないでしょうか!?


私も舞踊家として、現在もこれからも、【今に集中】して、決し
て先の見えない・見せない、ワクワクさせる、感動ストーリーを
紡ぎだしていきたいと思います。  
Posted by mailabo at 23:27Comments(0)TrackBack(0)感動劇場

師匠のことば

「あなたは、十分にお稽古を積んできましたよ。」
「あとは、自信をもって、やりなさい。」

私にとっての大舞台「長唄 鷺娘」の前夜、師匠がそう言ってくれました。

何よりも心強い支えとなりました。




その日、翌日の舞台のためのリハーサルが行われました。

演者以外の問題も、少々発生していました。でもそれは、プロの裏方さんが、
明日には間違いなく修正いただける範囲のものでした。

少々の戸惑いはありました。
それにしても、その日、私の踊った鷺娘は、とてもひどい出来でした。


「十二分とは言わないけれど、それなりにお稽古は積んできたはずなの
に・・・、なんでこんなに上手くいかないんだっ???」

そのくらいひどい出来でした。

そうなると、もう歯止めはききません。

私の心は、堂々巡り、抜け出せないメビウスの輪の中で、もがき苦しみ始めま
したで。

「この舞台を通して、こんなメッセージを観客に伝えたい。」
「できれば、感動を差し上げたい。」
なんて、だいそれたこと考えてた自分は、なんて大ばか者だったんだ!
こんなんじゃ、ろくにひとつの舞台を全うすることなんて、できやしない!
何とかしたい・・・でも今さら、何にもできやしない。
時間がなさ過ぎるよっ!
・・・どうしたら、いいんだぁ〜!

なんでもっと、お稽古しなかったんだろう。
なんでもっと、いろいろな事態を想定しておかなかったんだろう。
なんでもっと、真剣に考えておかなかったんだろう。
なんでもっと・・・なんでもっと・・・なんでもっと・・・。

自分で、どんどん自分を責め上げていきました。

そうすると、どんどん自分が苦しくなって・・・。

・・・表面上は平静を装っていたつもりでしたが、完全にパニックに陥ってい
ました。


・・・その夜、師匠に電話しました。師匠は所要で、リハーサルには立ち会え
ていただけなかったんですが、師匠の娘さん(この方も、日本舞踊のお師匠さ
んです。)が、立ち会っていただいていました。


私 :「こんばんわ。」
師匠:「あっ、お疲れ様〜。今日のリハーサルは色々たいへんだったよう  
    で。聞きましたよ。」
私 :「え〜、ちょっとパニックです。」
師匠:「問題は、心配しなくても大丈夫よ。プロの裏方さんは、間違いなく、
    明日には間に合うから。」
私 :「え〜、でも・・・」

その少しのやりとりだけで、師匠は、私の心の葛藤・戸惑い、いろいろと入り
混じった感情を、敏感に感じ取っていただいたようでした。

そして、その気持ちのままでは、明日の本番に向かっていけない状態であるこ
とも、一瞬でつかみとっていただいたようでした。

私の声は、そんな情けない感情を、師匠にぶつけてしまったようでした。


師匠:「あなたは、十分にお稽古を積んできましたよ。
    あとは、自信をもって、やりなさい。」
私 :「・・・」
師匠:「大丈夫。ほんとうにここまで、十分にやってきたんだから。」
私 :「ありがとうございます!」

師匠のことばが、こころに染み入ってきました。
自分で自分を責め上げる、荒んだ気持ちに、すっ〜と、染み入ってきました。

何ともいえない、大きな安心感が、私のこころを包み込んでくれました。

あったかい、あったかい気持ちになれました。

私 :「ありがとうございます。そのように言っていただけると、なんだか
    本当に、大丈夫な気がしてきちゃいました♪
    十分だったかどうか分かりませんが、とにかく頑張れます。
    頑張ります。」

そう言いながら、師匠にマンツーマンで、手取り足取り指導いただいた、たく
さんの瞬間たちを、思い出していました。

そうだ。十分かどうかは、分からないけど、たくさんのお稽古の瞬間は、確か
にあったし、今、私の胸の中に、その瞬間たちは生きている。

一瞬一瞬の大切な時間たちは、間違いなく、私の中にある!

そう確信できました。
まさに、その瞬間、自分を責め上げる気持ちは、自分を応援する気持ちに変わ
りました。そう、一瞬の出来事でした。


師匠:「あなたは、十分にお稽古を積んできましたよ。
    あとは、自信をもって、やりなさい。」

師匠は、もういちど、そしてとても慎重に、ことばが私に伝わったかを確認す
るかのように、言ってくださいました。

そして、師匠のことばは、私のこころのど真ん中に、伝わりました。
あったか〜いことばでした。

私 :「ありがとうございました。おやすみなさい。」

あったかい気持ちで、電話を切りました。

師匠に弟子としていただいて26年間、私は本当に学びの少なかった弟子でし
た。
いつも師匠に確認していただかないと、不安でした。
いつも師匠のことばの中に浸っていないと、不安でした。

もういい加減、年齢的にも、少しくらいは学んで、自分のコントロールなんて、
自分でできるぞっ、なんて思ってみたりしてました。

でも、いざというときになったら、全然出来ませんでした。

本当に自分が自分で情けなるくらい、自分を立て直せませんでした。
自分では、何も出来ませんでした。

そして、今回もまた結局、師匠に頼りきってしまいました。

本当に修行が足りません。

師匠、申し訳ありません。そして、最大級の感謝です。
ありがとうございます。

・・・精進します。
これからもよろしくお願いします♪
  
Posted by mailabo at 23:17Comments(0)TrackBack(0)感動劇場

日本舞踊を習い始めた理由

実は、そんなに深い理由があったわけではありません。

・・・すみません。そうなんです。

ただ、チャンバラを思う存分したくて始めた「剣舞(けんぶ)」の
師匠が、日本舞踊も教えてくれるって言うんで・・・それだけです。

私の師匠は、とってもスーパーな方なんです。

日本舞踊、剣舞・詩舞どちらもできちゃうし、どちらもたくさんの
お弟子さんがいて、合計では、一体何百人くらいいるんだろう?
・・・聞いたことありません。


でも、今にして思えば、単純に踊る・舞うことが、好きだったのかもしれません。

体を動かして、何かを自分の体で表現すること。

ほんとうは言葉にすれば、簡単かもしれないたくさんの感情
を、わざわざ、言葉ではなく、体全体を使って表現すること。

今はそれが、とっても好きなんです。


なにもかも忘れて、今ここにある自己表現に没頭する瞬間は、
何者にも変えがたい、喜びの瞬間なんです・・・。

・・・って、ちょっと格好付けすぎですね(笑)  
Posted by mailabo at 23:12Comments(0)TrackBack(0)